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クラブの歴史

「昭和メイクの移ろい」 第1章 メイクは身嗜みから個性美へ(1920~30年代)

みなさま、こんにちは。

2019年4~5月に開催した、クラブ文化資料室の企画展 「昭和メイクの移ろい」。

会場にお越しいただけなかった方にもお楽しみ頂けるように、展示の展開に沿ってシリーズで内容をご紹介します!

 

今回は、『第1章 メイクは身嗜みから個性美へ(1920~30年代)』

明治維新より日本の化粧も徐々に近代化を遂げ、大正末から昭和初期頃には西洋風和化粧の大成期に入っていました。古来より受け継がれてきた伝統的な和化粧に西洋化粧を取り入れ、西洋風和化粧を作り上げていきます。

図

化粧髪着附画帖」『婦人倶楽部』第十二巻・第三号附録

 1931年(昭和6)大日本雄弁会講談社

 

当時の化粧の流行は、無脂肪性のバニシングクリームを顔に伸ばし、その上から色付きの粉白粉を刷きました。

図1

綜合ホルモン配合 クラブはき白粉 白色 1920年代後半(昭和初期)

 

クラブ化粧品では1934年(昭和9)までに『近代色十二色』とし、「白色」「肌色」

「桃色」「濃肌色」「クリーム肌色一號」「クリーム肌色二號」「オリーヴ色」

「藤色」「水色」「濃茶色」「オークル一號」「オークル二號」の、最多で12色の刷き白粉を発売しています。

1図

2図

3図

綜合ホルモン含有 クラブはき白粉 桃色・肌色二号・濃茶色 (昭和初期)

 

また、顔の形によってチークの入れ方を変えるなど、個性を活かした化粧を提唱しています。

明治期には主として歌舞伎役者や芸妓など玄人と呼ばれた人たちがするものとされていた化粧が、大正期に入ると「身嗜み」とされ、昭和初期には「個性美」が謳われるようになり、 広がりをみせつつありました。

図3

「紅のつけ方」『主婦之友 九月號』14頁 1933年(昭和8)主婦之友社

 

今回はここまでです。次回、この続きもどうぞお楽しみに!

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